【ニートの哲学】労働からの開放

ニートの哲学

最近はコンビニエンスストアが急激に発展してきました。

ファミリーマートではAIの導入を始めたようで、近々コンビニで働く人もお幅に削減可能とのことです。

労働とは?

多くの人は、労働とは義務でやるべきことだと考えています。

しかし、この考えは、皆が頑張って働く必要性があったときに考えられていたことなのです。

皆が働く必要がない時代はとうの昔に達成していました。

あくせく働かなくとも、皆が生きていけるだけの食料は手に入れることができていたのです。

 

しかし、一部の権力者が皆の食料をあつめ、より自分の娯楽的行為を充実させるために、やむなく多くの人が無駄に多く働く必要があっただけなのです。

すべての人が平等に働いていたのであれば、すでに今ほどの労働は必要としていなかったのです。

 

実際問題この世は平等に暮らせるわけではありません。

社会主義がうまく回らなかったように、すべての人間が同じ生活水準を維持するということは無理なのです。

誰かが、誰かよりも上の暮らしをしたいと感がてしまった時点で、そのシステムは崩壊するのです。

 

最低水準の暮らしがすでに贅沢

多くの貧困層が頑張って働かないと世の中が回らない時代は終わりました。

昔のように多くの人が少しの富裕層のために働くよりも、AIやロボットに働かせたほうが、より効率が良くなったからです。

富裕層の人間はわざわざ効率の悪い方法をする必要があるとは考えません。

そのため、貧困層は働く必要がなくなり、AIとロボットの生み出した利益のオコボレをもらって生きていくことができるのです。

 

そして、そのオコボレだけでも、かなり贅沢な暮らしができてしまいます。

AIやロボットの生産効率というのはそれほどまで、人間を凌駕するのです。

人間が1日8時間働くよりも、ロボットが24時間働いたほうがより効率が良いのです。

人間3人で働くよりも、ロボットが3台で働いたほうがより効率が良いのです。

人間はロボットに生かされて生きていけるのです。

 

そして、そのロボットを支配する富裕層がほぼ大半の利益を持っていきます。

しかし今の時代、お金の価値というのはだんだんと低くなってきています。

膨大なお金があっても普通の人には使い切れず、使いたいとも思えなくなります。

 

お金がそれほどなくても、たくさんのものが手に入るからです。

それでも、他人よりも優越的な立場、地位、モノ、場所、を手に入れたい希有な人間が努力し、頑張り大金を手にするのです。

しかし、僕たちはそれほど努力してまでお金は必要ないのです。

 

人生をかけてまで、お金を稼ぎたいと思えなくなるのです。

それが近い将来の人間の考え・生き方です。

本来僕達人間がほしいのはお金ではないのです。

安心と快楽なのです。

 

今後の世界では、働かなくとも安心は手に入り、各々が快楽を求め続けるようになるのです。

それが人間の生きる道なのです。

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